中小企業が人的資本経営に取り組むには何から始めればよいですか?

人事労務に関するFAQ

中小企業が人的資本経営に取り組むには何から始めればよいですか?

目次

この記事でわかること

  • 人的資本経営という考え方の概要と、中小企業にとっての位置づけ
  • 人的資本経営と人的資本開示(有価証券報告書での開示)の違い
  • 人的資本経営と等級制度・評価制度・賃金制度・教育制度の関係
  • 中小企業が最初に着手すべき実務ステップ
  • 取り組みを進めるうえでの注意点と限界

結論

中小企業が人的資本経営に取り組む際は、有価証券報告書での情報開示を目的化するのではなく、まず自社の等級制度・評価制度・賃金制度・教育制度といった人事制度の現状を把握する「制度分析」から着手し、人材に関するデータを段階的に可視化していく進め方が現実的です。

人的資本経営とは何か

人的資本経営とは、従業員を単なる人件費(コスト)としてではなく、企業価値を生み出す「資本」として捉え、その価値を引き出すことで中長期的な企業価値の向上を目指す経営のあり方を指す言葉です。経済産業省が2020年に公表した「人材版伊藤レポート」、2022年に公表した「人材版伊藤レポート2.0」などを通じて、こうした考え方が広く紹介され、上場企業を中心に関心が高まってきました。経済産業省の公式な定義文言を本記事で一字一句正確に引用することは避けています。正確な表現を確認したい場合は、経済産業省の人的資本経営特設ページで直接確認することをおすすめします。人的資本経営はあくまで経営の考え方であり、それ自体を義務付ける法令は存在しません。一方で、後述する「人的資本開示」は、法令に基づく開示制度上の要求事項であり、両者は明確に区別して理解する必要があります。

人的資本経営と人的資本開示の違い

「人的資本経営」と「人的資本開示」は混同されやすい言葉ですが、性質が異なります。人的資本経営は、人材に関する投資や育成を経営戦略として位置づける考え方そのものです。これに対して人的資本開示は、金融商品取引法に基づき有価証券報告書の提出義務がある企業(主に上場企業等)が、人材育成方針や社内環境整備方針などの情報を開示することを求められる制度上の枠組みです。非上場の中小企業には、この有価証券報告書による開示義務は課されていないと考えられます。ただし、これは一般的な整理であり、資本関係やグループ会社の状況によって扱いが異なる可能性があるため、個別の判断が必要な場合は専門家に確認することをおすすめします。人的資本開示の詳細については、別記事「人的資本開示は中小企業にも必要ですか」もあわせてご確認ください。

なぜ中小企業の実務で重要なのか

法的な開示義務がないにもかかわらず、人的資本経営という考え方が中小企業の間でも話題になる理由は、取引先や金融機関、採用市場からの要請が背景にあります。大企業との取引において人材育成や労働環境に関する情報提供を求められるケースや、金融機関からの資金調達時に人材面の取り組みを説明する場面、採用活動において求職者が企業の人材育成方針を重視する傾向などが見られるようになっています。ただし、これらは義務ではなく任意の取り組みであり、対応することで必ず成果が得られると断定できるものではありません。あくまで一般的な傾向として、取り組む中小企業が増えている状況にあるという理解が適切です。

実務上起こりやすい課題

  • 人的資本経営という言葉が抽象的で、自社で何をすればよいか具体的にイメージできない
  • 有価証券報告書での開示を前提とした情報ばかりが目に入り、中小企業には関係ないと誤解してしまう
  • 人材に関するデータ(育成状況、定着率、評価結果など)がそもそも社内で整理されていない
  • 等級制度・評価制度・賃金制度・教育制度が明文化されておらず、可視化しようにも土台がない
  • 経営者の関心と人事担当者の実務対応の間に温度差がある

課題別の対応策

まず、「人的資本経営=有価証券報告書での開示」という誤解を解くことが出発点になります。中小企業にとっての人的資本経営は、開示そのものではなく、人材投資の効果を自社が把握できる状態を作ることが本質です。次に、人材データが整理されていない場合は、いきなり指標を設定するのではなく、既存の人事制度(等級・評価・賃金・教育)の現状を棚卸しすることから着手します。制度が明文化されていない場合は、可視化の前提となる仕組みそのものを整える必要があります。

具体的な対応ステップ

  1. 自社の等級制度・評価制度・賃金制度・教育制度が明文化されているかを確認する(制度分析)
  2. 制度が未整備、または実態と乖離している場合は、優先して見直す領域を特定する
  3. 評価結果、育成状況、定着率など、既に社内にあるデータを整理する
  4. 自社の事業戦略と関連づけて、追跡すべき人材関連の指標(KPI)を検討する
  5. 取引先・金融機関・採用活動など、対外的に説明が必要な場面から優先的に情報整理を進める

指標の考え方については、用語集「人的資本ROI(投資収益率)とは」でも解説していますので、あわせてご参照ください。

取り組み段階の整理

段階取り組み内容目的
第1段階等級制度・評価制度・賃金制度・教育制度の現状分析人事制度の土台を確認し、課題を特定する
第2段階制度の見直し・再設計人材データを可視化できる制度の土台を整える
第3段階評価結果・育成状況・定着率などのデータ整理人材投資の状況を社内で把握できるようにする
第4段階取引先・金融機関・採用活動への対応必要に応じて対外的な説明ができる状態を作る

注意点・法的リスク

  • 人的資本経営そのものは法令上の義務ではなく、取り組みの有無や内容は企業の任意判断に委ねられています。
  • 人的資本開示(有価証券報告書での開示)は、金融商品取引法上の提出義務がある企業を対象とした制度上の要求事項であり、非上場の中小企業には法的な開示義務がないと考えられます。ただし、資本関係やグループ会社の状況によって扱いが異なる可能性があるため、個別の事情がある場合は専門家に確認してください。
  • 「人的資本経営に取り組めば必ず業績や採用力が向上する」といった断定はできません。取り組みの効果は企業ごとの状況によって異なります。

中小企業ならではの対応方法

上場企業のように専任の担当部署や大規模なシステムを用意することが難しい中小企業にとっては、いきなり高度な指標管理を目指すのではなく、既存の人事制度を土台として段階的に整備していく方法が現実的です。特に、等級制度・評価制度・賃金制度・教育制度が相互に整合しているかどうかを確認する「制度分析」は、人材データを可視化するための出発点として位置づけることができます。制度の現状に課題が見つかった場合は、分析結果をもとに制度設計を進め、自社の事業規模や業種に合った運用可能な仕組みへと落とし込んでいくことが重要です。

まとめ

人的資本経営は、上場企業の情報開示だけを指す言葉ではなく、人材への投資を経営戦略として位置づける考え方です。中小企業にとっては、有価証券報告書での開示義務を意識するよりも、まず自社の等級制度・評価制度・賃金制度・教育制度を点検し、人材データを段階的に整理していくことが現実的な第一歩になります。

HRCへの相談案内

人的資本経営という言葉を耳にしても、自社の人事制度がどこまで整っているのか、何から手をつければよいのかを社内だけで判断するのは容易ではありません。特に、等級制度・評価制度・賃金制度・教育制度が個別に運用されている場合、制度間の整合性やデータの整理状況を客観的に把握することは、担当者の経験や知識だけでは限界があります。まずは自社の人事制度がどのような状態にあるかを確認する「制度分析」から始め、必要に応じて制度設計、導入、運用へと段階的に進めていく方法があります。どの段階から着手すべきか判断に迷う場合は、有限会社ヒューマンリソースコンサルタントのお問い合わせページから、自社の状況に合わせた進め方をご相談ください。

関連するよくある質問

人的資本経営と人的資本開示は同じ意味ですか。

同じ意味ではありません。人的資本経営は人材投資を経営戦略として位置づける考え方全般を指し、人的資本開示は主に上場企業等を対象とした有価証券報告書での情報開示の枠組みを指します。詳しくは用語集「人的資本開示とは」で解説しています。

中小企業に人的資本経営への取り組みを義務付ける法律はありますか。

人的資本経営そのものを義務付ける法令は確認できません。有価証券報告書での人的資本開示は、金融商品取引法上の提出義務がある企業を対象とした制度上の要求事項であり、非上場の中小企業には法的な開示義務がないと考えられます。個別の事情がある場合は専門家への確認をおすすめします。

人事制度が未整備でも人的資本経営に取り組めますか。

人事制度が未整備の状態では、人材データを可視化するための土台がないため、まず等級制度・評価制度・賃金制度・教育制度の現状分析から着手することをおすすめします。

人的資本経営に取り組むとどのような効果がありますか。

取引先や金融機関、採用市場からの評価につながる可能性があるという一般的な傾向は見られますが、効果は企業ごとの状況によって異なり、必ず一定の効果が得られると断定できるものではありません。

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公的情報源・参考資料

本記事の作成にあたり、経済産業省の人的資本経営に関する特設ページを参考にしています。正確な定義や最新の政策動向については、下記の公的情報源で直接ご確認ください。

本記事の内容は2026年8月17日時点で確認できる情報にもとづいて作成しています。制度や政策の詳細は変更される場合があるため、最新情報は公的機関の公式サイトでご確認ください。

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