連載コラム<第5回>賃金制度の設計ポイント

第5回:賃金制度の設計ポイント
本コラムは、中小企業の経営者や人事担当者向けに、「賃金制度」の設計・運用について解説したものです。社員の給与構造をどう組み立てるかは、企業の成長や人材定着に大きく影響を与えます。とくに中小企業の場合、限られた経営資源の中で「どのように賃金を決定するか」が企業文化やキャリア形成の在り方に直結することが多いです。本コラムでは、賃金制度の全体像や基本給の種類、手当設計のポイント、さらには賞与制度の考え方までを幅広く取り上げ、中小企業ならではの事情を踏まえながら実践的なヒントを提供します。

中小企業向け | 連載コラム _ 人事制度設計の基本と実務ポイント
第1回 人事制度_現状分析の進め方とポイント
第2回 キャリアパス設計の進め方とポイント
第3回 等級制度設計の進め方とポイント
第4回 評価制度設計の進め方とポイント
第5回 賃金制度設計の進め方とポイント
賃金制度の全体像
基本給、各種手当、賞与の位置づけと役割
中小企業が人事制度を整備するうえで、賃金制度は社員にとって最も関心の高いトピックです。賃金制度は大きく分けると、基本給、各種手当、賞与から構成されることが一般的です。
- 基本給
- 社員が毎月受け取る給与の核となる部分です。企業としては「どの等級・どのポジションに、どの程度の水準を設定するのか」を明確にすることで、処遇の一貫性を保つ土台となります。
- 中小企業の場合、歴史的に年功序列のしくみをある程度踏襲しているところや、実力主義にシフトしきれないまま運用しているところも多いです。しかし、キャリアコースを複数設けるのであれば、基本給の設計にもその考え方を反映し、自社に適した処遇体系を築くことが重要です。
- 各種手当
- 役職手当や資格手当、住宅手当、子育て支援手当など、様々な形で設計できる要素です。社員の多様な働き方やライフステージに合わせ、手当を巧みに設計することが、中小企業が人材を引き留めるうえで有効になります。
- 一方で、手当の増やしすぎは「給与構造の複雑化」や「基本給とのバランス崩壊」を招くこともあるため注意が必要です。
- 賞与
- 一般には夏・冬のボーナスや業績連動型のインセンティブとして支給されるケースが多いです。中小企業では、季節的要因による売上変動もあり、業績が好調な年度には手厚く支給し、不調な年度には抑えるという柔軟な運用がなされがちです。
- また、キャリアコース(マネジメントコースや専門職コース)によって賞与の決定基準を変えたり、評価制度と紐づけることで、社員のパフォーマンスやスキルアップを後押しする方法もあります。
中小企業が陥りがちな賃金設計の問題点
中小企業特有の事情から、賃金制度の設計や運用において、以下のような問題が起こりがちです。
- 属人的な給与決定
- 社長や役員の裁量で「この社員は頑張っているからプラス○万円」「長年勤めてくれているから昇給を大きくしよう」といった曖昧な決定が続くと、公平性や納得感が失われます。
- 特に小規模組織だとメンバー全員をよく知っているがゆえに主観が入りやすく、結果的に不公平感や不透明さが高まる傾向があります。
- 手当の乱立や基本給とのバランス不良
- 社員のモチベーションを上げる目的で次々と手当を追加し、最終的に「いつどんな手当がつくのか分かりにくい給与構造」になるケースがあります。
- 手当の総額を増やした結果、基本給が相対的に抑えられ、年齢やキャリアを重ねた時の昇給原資が不足するといった問題が起こる可能性もあります。
- 業界水準や市況との乖離
- 自社の給与体系が同業他社と比べて極端に低い、あるいは逆に高すぎるという場合、採用・定着やコスト面でのデメリットが大きくなります。
- 「なぜこの賃金水準なのか」という根拠を経営陣が把握していないと、いざという時に人件費コントロールが難しくなり、財務的なリスクにさらされることもあります。
基本給の設計
職能給、職務給、年齢給など、代表的な基本給表の種類と特徴
中小企業が基本給を設計する際に、まず知っておきたいのが以下の代表的な形態です。自社の文化や経営理念、またキャリアコース設計の方針に合わせて、どれをメインにするか・どれを補完的に使うかを検討します。
職能給
- 概要: 社員の能力やスキルレベルに応じて、ランク別の給与テーブルを設定する仕組みです。職能等級(能力等級)ごとに基準となる基本給を定め、昇格やスキルアップに合わせて昇給していきます。
- メリット: 社員の成長意欲を刺激しやすく、人材育成プランとリンクさせやすい。若手や中途採用者が「能力を高めれば早期に昇給が狙える」と感じられるため、中小企業でも優秀層を確保しやすい。
- デメリット: 実際の業務成果や現場の役割を必ずしも正確に反映していないと、賃金と業績が乖離するリスクがある。評価制度や等級制度の設計が曖昧だと「どこまでが能力レベルの差なのか」が不明確になりがち。
職務給
- 概要: 担当する「職務内容(責任の範囲、業務の難易度、役割の重要度など)」に基づいて基本給を決定する方式です。たとえば「営業マネージャー」「開発リーダー」「総務部門統括」など、職務記述書を作成して、それぞれの職務価値を評価したうえで給与テーブルを設定します。
- メリット: 各ポジションの責任と給与が紐づくため、合理的・客観的に処遇が決めやすい。組織再編や職務変更のタイミングで給与を柔軟に調整しやすい。
- デメリット: 中小企業では1人が複数業務を兼務することが多く、職務範囲を切り分けるのが難しい場合がある。職務分析や職務評価に時間と手間がかかりすぎると、導入・運用コストが高くなりやすい。
年齢給
- 概要: 社員の年齢や勤続年数に応じて基本給が段階的に上がる方式です。日本企業で昔から馴染みがある年功序列の要素が強い仕組みともいえます。
- メリット: 社員が安心感を持ちやすく、長期雇用や安定志向の人材にとっては魅力が高い。給与水準の見通しが立てやすいという点で、家族を持つ社員にも安心感を与えられます。
- デメリット: 年齢や勤続だけで自動的に昇給するため、モチベーションや成果とは関係が薄い。若手優秀層が「頑張っても給料があまり変わらない」と感じて転職を考えるリスクがある。
自社の戦略・人事方針との整合性を確保する設計方法
基本給は「社員が何を目指し、どのように成長してほしいか」を示すメッセージでもあります。したがって、中小企業においては経営戦略や人事方針と強く結びつけることが大切です。
- マネジメントコースか専門職コースか
- たとえば、複線型キャリアコースを導入している企業なら、マネジメントコースでは職務給(組織マネジメントの責任)を重視し、専門職コースでは職能給(専門スキルのレベル)を重視するなど、コース別に基本給の設計思想を変える工夫もあります。
- 評価制度・等級制度との連動
- 前回までのコラムでも解説したとおり、評価制度や等級制度で定義した「求める役割・能力レベル」と基本給が連動しているかどうかを確認しましょう。評価されても給与が上がらない、または昇格しても基本給には反映されないという状態では、モチベーションアップにつながりません。
- 業界水準や地域相場の比較
- 自社の賃金が競合他社や地域の水準と比較して極端に低い場合は人材確保や離職リスク、高い場合は固定費圧迫や財務リスクを招きかねません。最低賃金や一般的な給与相場のデータを参考に、無理のない範囲で設計しましょう。
手当の設計
自己啓発支援を促す手当(資格手当・研修費用補助 など)
中小企業が限られたリソースの中で優秀な人材を育成し、かつ定着させるためには、社員自身が主体的にスキルアップや資格取得に取り組むためのインセンティブを与える手当設計が効果的です。
- 資格手当
- 特定の資格取得で一定額の手当を上乗せする仕組みです。営業職なら宅地建物取引士(不動産関連企業の場合)や販売士、技術職なら情報処理技術者資格や各種国家資格など、自社にとって有益な資格をピックアップします。
- 取得費用の一部または全額を会社が補助し、合格後は月々の給与に資格手当を上乗せすることで、社員の自己啓発意欲を高められます。
- 研修費用補助
- 外部セミナーや通信教育、オンライン講座などに対して、受講費を会社が補助・負担する制度を設ける方法です。
- 「どのような内容の研修が対象になるか」「研修終了後にどのような報告を求めるか」を明文化しておくと、制度の乱用を防ぎつつ有効活用できるようになります。
役職・職務に応じた手当の設計(管理職手当、専門職手当 など)
キャリアコース設計と同様に、マネジメント志向の社員と専門性重視の社員が同じ会社の中で共存する場合、それぞれの責任や成果に見合った手当を設定することでモチベーションを維持しやすくなります。
- 管理職手当
- チームや部門を率いる社員には、時間外労働の管理や組織責任を担う分だけ追加の手当を支給するケースが多いです。
- 中小企業では管理職=プレイングマネージャーの立場が主流となりがちですが、役割が曖昧だとメンバーから「仕事が楽になっただけ」と見られることもあります。手当の設定と同時に、管理職が担う具体的な責任範囲を明示することが大切です。
- 専門職手当
- 開発職や研究職など、高度な専門知識が求められる社員に対して設ける手当です。たとえば「R&D手当」「クリエイティブ手当」などの名称で運用している企業もあります。
- この手当を導入することで、「マネジメントに進まなくてもキャリアアップできる」というメッセージを社員に伝えられます。専門職コースを充実させ、社内の技術力や商品開発力を高めたい中小企業にとっては重要なポイントです。
採用定着に有利な手当(子育て支援手当、住宅手当 など)
少子高齢化や地域格差の広がりによって、人材確保が困難になっている中小企業は多いです。そんな状況だからこそ、ライフステージを支援する手当を戦略的に導入し、採用強化や社員定着につなげる方法があります。
- 子育て支援手当
- 育児中の社員に対して一定額の子育て手当を支給する、時短勤務者に対して賃金補填を行うなどの仕組みです。
- 大企業との差別化要素として「子育てしながら働きやすい職場づくり」をアピールすることで、地元の優秀な人材を取り込むケースも増えています。
- 住宅手当
- 通勤時間の短縮や、地元への定住を促す意味でも住宅手当は有効です。とくに地価の高い都市部では社員の住居費が高額になりやすいため、一定の支援を行うことで生活の安定度を高められます。
- ただし、支給条件や地域要件をクリアに定義しておかないと、制度の不公平感が生まれるリスクがあるため注意が必要です。
賞与制度の設計
業績連動賞与の考え方とメリット/デメリット
中小企業の賞与(ボーナス)は、大企業のように固定的な支給が難しい場合が多いです。そこで近年注目されているのが、会社の業績に連動して支給する業績連動賞与の仕組みです。
- メリット
- 会社の業績が好調なときは社員に還元しやすく、士気向上につながる。
- 不調なときは支給を抑えることができるため、固定費を抑制する効果がある。
- 社員にとっても「会社の成長に貢献すれば、自分の賞与も増える」という意識づけが働きやすい。
- デメリット
- 会社の業績が著しく変動する場合は、社員の収入が不安定になりやすい。
- 目先の業績に注力しすぎると、長期的視点での事業成長がおろそかになる可能性がある。
- 経営者の裁量が大きすぎると、「どれだけ成果に貢献しても賞与が増えない」と社員が感じるリスクがある。
目標管理との連動、評価との連動
中小企業で業績連動賞与をうまく機能させるためには、個人やチームの目標管理との連動が不可欠です。評価制度で設定した成果指標(KPI)や行動評価の結果を、賞与の配分にどう反映するかを明確に示すことで、社員は日々の業務と報酬が結びついていると実感できるようになります。
- 目標管理との連携: 半年や四半期ごとに設定した目標の達成度合いをチェックし、それを賞与額の一部に連動させる。特に営業職やプロジェクト型の仕事では具体的な数値が設定しやすい。
- 評価との連携: 前回コラムで解説した評価制度(成果評価・行動評価・能力評価)の総合得点をベースに賞与を決定する方法もあります。能力面での成長を重視する企業なら、評価ポイントを賞与算定に一定割合で組み込むことで、能力開発のモチベーションを保ちやすくなります。
モチベーションを高める支給基準とタイミング
賞与の支給は、社員のモチベーションを高める絶好のタイミングです。ここでは、中小企業ならではの工夫をいくつか紹介します。
- 支給回数や時期の工夫
- 一般的に夏季・冬季に分けて支給するケースが多いですが、中小企業では「期末賞与」「決算賞与」という形で、会計年度の業績を確定したあとに支給する方法が多く見られます。
- 社員に「会社の業績が自分たちの手で上がった」という手応えをリアルタイムで感じさせるために、四半期ごとにプチボーナスを出す企業も一部存在します。
- 支給基準の透明化
- 「なぜ自分の賞与はこの金額なのか」を社員が理解できるようにすることが大切です。評価制度との紐づけや、業績指標(売上や利益率など)に応じた分配基準を開示することで、公平感と納得度を高められます。
- 中小企業では「社長の一声」で賞与額が決まるように見られがちですが、制度化しておくことで社員の不満や疑念を解消し、安心して働ける環境づくりにつながります。
- キャリアコース別の配分
- マネジメントコースの社員はチーム業績への貢献度を評価、専門職コースの社員は技術革新や製品開発の成果を評価、といった形で指標を分ける場合もあります。
- キャリア制度と賞与設計を連動させることで、「専門職に進んでも高い賞与が狙える」「リーダーを目指せば実力次第で大幅アップが期待できる」という明確なインセンティブが生まれます。
まとめ
本コラム(第5回)では、「賃金制度の設計ポイント」を中心に解説しました。中小企業が賃金制度を整備する際、基本給、手当、賞与の三つをどのように組み合わせるかは企業文化や経営方針を色濃く反映します。職能給・職務給・年齢給などの特徴を理解し、自社のキャリアコース設計や評価制度と整合性をとりながら“自社らしい賃金テーブル”を築くことが、社員のモチベーションと企業の業績を高める大きなカギとなります。
さらに、手当設計では自己啓発支援手当や専門職手当、子育て支援手当などを活用し、中長期的な採用定着や人材育成を図ることも重要です。そして、業績連動賞与や評価との連動を導入することで、会社の成果と社員の処遇を結びつけ、組織全体の一体感を生み出すことができます。
これで全5回のコラムは完結となります。ここまでご紹介してきた内容を踏まえ、改めて自社に合った人事制度を検討してみてください。人事制度は一度作って終わりではなく、事業環境や社員構成の変化に合わせてアップデートを続けることが大切です。本コラムが、中小企業がさらなる発展を遂げるための一助となれば幸いです。もし具体的な設計や運用で困った際は、専門家や社内チームを巻き込んで議論し、納得度の高い仕組みを構築していってください。


投稿者プロフィール

- 中小企業の経営者に向けて、人事制度に関する役立つ記事を発信しています。
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