連載コラム<第1回>人事制度分析の進め方

第1回:現状把握から始める人事制度づくり
本コラムは、中小企業の経営者や人事担当者の皆さまが「はじめて人事制度を導入する」際に、まず必要となる現状把握と課題抽出、そして基本方針の明確化について解説したものです。属人的な評価や給与体系の不透明さといった中小企業特有の課題を解消し、企業の成長を支える人事制度を構築するための土台づくりに焦点を当てています。人事制度全体の導入ステップを理解するうえで、まずは現場にあるリアルな課題を可視化し、解決の糸口を見つけるところから始めていきましょう。

中小企業向け | 連載コラム _ 人事制度設計の基本と実務ポイント
第1回 人事制度_現状分析の進め方とポイント
第2回 キャリアパス設計の進め方とポイント
第3回 等級制度設計の進め方とポイント
第4回 評価制度設計の進め方とポイント
第5回 賃金制度設計の進め方とポイント
人事制度導入の必要性を考える
中小企業における属人的な評価とその弊害
中小企業では、経営者や管理職個人の主観に依存した評価が行われるケースが少なくありません。「営業成績が良い」「長く勤めている」「リーダーシップがある」など、いくつかの要素が評価に影響を与えるのは当然ではありますが、評価基準が曖昧なまま運用されると、社員同士の納得感を得にくくなるという問題が生じます。
評価が属人的になりやすい背景としては、以下のような事情が考えられます。
- 経営陣や上司の忙しさ
人事評価に十分な時間を割けず、感覚的な評価で終わってしまう。 - 数値目標の設定不足
KPI(重要業績評価指標)や行動目標が明確でないため、感想レベルでの評価しかできない。 - 評価者トレーニングの未整備
新任管理職や評価経験の浅いリーダーが評価基準を理解していない、あるいは評価面談のスキルを習得していない。
こうした“属人的な評価”がもたらす弊害は、社員の納得感やモチベーションを損なうことです。評価結果と処遇(賃金や昇進・昇格)が結びついていないと感じる社員が増えると、人材流出や組織活性化の低下を招きかねません。
給与体系の不透明さと賃金格差の問題
さらに多くの中小企業で課題として挙げられるのが、給与体系の不透明さです。長年の慣習や、個別に決定してきた給与テーブルに依存し、その根拠やロジックが不明確になっているケースもあります。たとえば、以下のような状況が典型例です。
- 「入社年次が上がるほど自動的に昇給」
実績や成果に関係なく毎年一定額を昇給させているため、若手優秀人材の意欲を削いでしまう。 - 「リーダーや管理職の役職手当が曖昧」
どの役職にどの程度の責任があるか明確化されないまま手当が付与され、処遇のバランスを欠いている。 - 「新卒採用と中途採用の初任給に大きな差がある」
市場相場を踏まえずに給与設定してきた結果、新卒と中途社員の給与水準が歪んでいる。
こうした不透明な給与体系が継続すると、社員間の不公平感が蓄積し、人材定着や採用の面でマイナス要因になります。また、企業規模が小さいほど個別調整が多く、社長や役員の判断次第で給与が決まるといった“属人的運用”になりがちです。社員から見れば「なんとなく給料が決まっている」と感じてしまい、組織全体のパフォーマンスやモチベーションに影響を与えます。
制度整備がもたらすメリット
人事制度を整備する目的は、単に評価基準や給与テーブルを明確化するだけではありません。経営ビジョンと連動した人事制度を導入することで、多くのメリットが期待できます。
- 社員のモチベーション向上
評価の透明性と処遇の納得感が高まることで、社員は「自分の成長がきちんと評価される」と感じやすくなります。その結果、業績への貢献意欲が高まり、生産性や売上の向上にもつながります。 - 人材定着率の改善
適正な評価や給与体系が整備されている企業は、社員が将来のキャリアを描きやすく、安定した処遇を得られる見通しを立てやすくなります。これによって離職率を下げ、組織としてのノウハウや技術が社内に蓄積されやすくなります。 - 組織活性化の促進
明確な評価と報酬体系があれば、優秀な人材の採用もしやすくなります。また、組織内で切磋琢磨する文化が生まれやすくなり、チーム間の連携やリーダーシップの発揮といった面でもポジティブな影響があります。
特に中小企業においては、社員一人ひとりのパフォーマンスが会社の命運を握るといっても過言ではありません。人事制度を整備することで、属人的だった判断を組織全体としての仕組みに変え、持続的な成長を実現する土台を築けるのです。
現状把握の方法
社員アンケートの実施ポイント
目的の明確化と匿名性の担保
「人事制度導入の必要性は理解したが、具体的に何から始めればいいのか」と迷う経営者や人事担当者におすすめなのが、最初に“社員アンケート”を実施することです。人事制度の整備には、組織における現状の問題点や社員の本音を把握することが欠かせません。社員アンケートを行う際には、次のようなポイントを押さえましょう。
- アンケートの目的を明確化する
「人事制度の改善に関する意見収集」「評価や賃金に関する不満・要望の把握」など、何を知りたいのかを事前に整理します。これにより、質問項目の設計がブレずに済みます。 - 匿名性を担保する
回答者が安心して本音を語れる環境が大切です。社内システムでのWeb回答や、外部ツールの活用など、個人を特定されにくい形式を採用しましょう。 - 自由記述欄を設ける
選択式だけでなく、自由に意見を述べられる欄を用意することで、思わぬ意見や具体的な改善提案が得られる可能性があります。
質問項目の設計例
- 評価制度に対する満足度
「自分の評価が公正かつ公平に行われていると感じるか」 - 給与体系・賃金水準への意識
「自社の給与水準は業界平均と比べてどの程度だと思うか」 - キャリア開発や教育制度への要望
「キャリアアップに必要な研修やスキル開発支援を受けられているか」 - 自由記述
「人事制度全般について改善・要望したいことがあれば記述してください」
このように質問項目を作成し、社員の満足度や不満ポイント、または将来に対する希望などを定量的・定性的に把握するのが望ましいです。
賃金分析の基礎
平均賃金と業界水準の比較
自社の賃金水準が、世の中の相場や同業他社と比べてどの位置にあるか把握することは、人事課題を洗い出すうえで重要です。平均賃金や業界水準との比較を行う際のポイントは次のとおりです。
- 職種別・役職別に集計する
「営業職」「技術職」「管理職」など、同じ職種や役職で賃金を比較しないと実態が見えにくくなります。 - 年代別や勤続年数別の推移を確認する
「20代後半」「30代後半」のように年代や経験年数で区切り、どの程度の賃金が支給されているかチェックすることで、世代間格差の大きさを把握できます。 - 社外データとの照合
労務関連の調査機関や業界団体などが発表している賃金データ、求人サイト上の給与レンジなどを参考にし、社内状況が高いのか低いのか、あるいは妥当な水準にあるのかを客観的に判断します。
賃金テーブルの洗い出し
自社に“明確な賃金テーブル”があるかどうかを確認することも大切です。「表だっては存在しないけれど、昇給時に参照しているExcelファイルがある」「古くからある給与規定に基づき、職能等級ごとに給与のレンジがある」といったケースがあります。現存する賃金テーブルを整理すると、以下のような点を把握できます。
- 実際に運用されている昇給・降給のルール
- 過去にどのような昇給幅で給与改定が行われてきたか
- 管理職・リーダークラスの手当設定や加算根拠
この作業を通じて、“会社として大切にしている考え方(年功序列重視か、成果重視か)”が浮き彫りになり、人事制度全体の方向性を検討するための基礎データとなります。
現場ヒアリングによる定性情報の収集
管理職と現場担当者から得られる視点
社員アンケートや賃金分析だけでは見えてこない情報を補うために、管理職や現場担当者へのヒアリングを行うのも効果的です。特に中小企業では、部署の垣根が低く、管理職が複数の職種や担当分野を兼務していることも珍しくありません。そうした現場の声には、貴重な示唆が数多く含まれています。
- 評価実務の実態
「忙しすぎて評価面談が形骸化している」「具体的な評価指標がないため、感覚で評価している」など。 - 社員のモチベーションや不満
「給与が周囲の友人より低いと嘆いている」「キャリアアップの仕組みが見えないため、転職を考えている」など。 - チームビルディングやコミュニケーションの問題
「若手が育たない」「役職者が誰も評価面談の研修を受けたことがない」など。
ヒアリングでは、評価者側(管理職)と被評価者側(一般社員)の両方の視点を取り入れることが重要です。短時間でもいいので、一対一または小グループで率直な意見交換の場を設けると、定量データだけでは見えない“人事制度のボトルネック”を洗い出すことができます。
人事課題の抽出と基本方針の明確化
経営方針・ビジョンと人事制度の接続
人事制度を導入するうえで、まず念頭に置きたいのは「経営方針や企業ビジョンと人事制度の整合性」です。中小企業は大企業と比べて経営資源が限られ、経営者の考え方や方向性が組織全体にダイレクトに影響を与えます。したがって、人事制度は以下のように経営方針に密接に結びついていなければなりません。
- 経営戦略との連動
たとえば今後、製造業からサービス業へのシフトを検討しているならば、それに必要なスキルや人材の方向性を反映する制度が求められます。 - 企業文化・社風との調和
「社員をファミリーのように大切にする」「成果を正当に還元する」といった企業理念がある場合、評価基準や報酬設計にもその考え方を織り込みます。 - 将来ビジョンの共有
「3年後に売上を2倍にする」「新規事業を立ち上げる」などのビジョンを示すことで、社員は自分のキャリアパスを考える際の指針を得やすくなります。
経営方針やビジョンと人事制度を切り離して考えると、制度が形骸化してしまうリスクがあります。
どのように利益を上げ、どのように社会的役割を果たしていく企業なのか。。。それを踏まえて、人材の評価基準や賃金体系を整備していくことが大切です。
主要な課題の整理
現状把握(アンケート、賃金分析、ヒアリング)を踏まえると、いくつかの課題が浮かび上がってくるはずです。たとえば、以下のような領域に分類して整理すると、後々の制度設計で優先度を付けやすくなります。
- 評価基準に関する課題
- 明確で客観的な評価指標がない
- 評価期間やプロセスが部署によってバラバラ
- フィードバックが形骸化し、成長の後押しになっていない
- キャリア開発や人材育成に関する課題
- キャリアパスの選択肢が少ない(管理職一本だけ など)
- 社内でのスキルアップ制度や研修が不十分
- 若手社員が将来像を描けず離職してしまう
- 賃金の構造や報酬制度に関する課題
- 給与水準が市場相場に比べて著しく低い or 高すぎる
- 年功序列が根強く、成果が報酬に反映されにくい
- 手当の設計が曖昧で、職務や役割に応じた差がついていない
この段階で課題を洗い出しておけば、次に検討する「キャリア制度」「等級制度」「評価制度」「賃金制度」の導入・改善に向けて、具体的なターゲットが設定できます。「評価基準が曖昧」「給与テーブルが不透明」といった個別の問題も、組織全体としてどこに優先的にメスを入れるべきか判断しやすくなるのです。
基本方針・設計コンセプトの決定
最後に、現状把握と課題整理を踏まえたうえで、人事制度をどのように設計し、運用していくのか、その“基本方針”と“設計コンセプト”を明確化します。以下は、よく取り入れられる方針の例です。
- 公平性・納得感を重視する方針
- 評価基準や昇給ルールをオープンにし、全社員が同じ前提で頑張れるようにする
- 評価者研修を実施し、個人の主観に偏らない仕組みを構築する
- 社員の成長を促進する方針
- キャリアパスを複数用意し、社員が自分に合ったキャリアを選択できるようにする
- 教育制度や研修を充実させ、評価制度と連動させることで人材育成を強化する
- 業績連動性を高める方針
- 成果が高い社員やチームに報酬を厚くする報酬モデルを設定する
- ボーナスやインセンティブを会社の業績だけでなく、個人貢献度も加味して決定する
これらの方針は、企業が置かれている経営環境や成長フェーズによって優先順位が異なります。例えば、まだ立ち上げ期のベンチャー企業ならば「業績連動性」を強めにすることも選択肢でしょうし、既に一定の組織規模がある中小企業であれば、社員への教育投資や公平性の担保をより重視する選択肢が考えられます。
また、基本方針を決定したら、あくまで“導入・運用できる範囲”に落とし込むことも大切です。理想を追い求めすぎて、現場のリソースが足りない状態で制度を組み込もうとすると、かえって混乱や反発を招くことがあります。「まずは評価基準を見直し、次に給与テーブルを再設計する」など、ステップを区切りながら進めるとスムーズです。
まとめと次回予告
本コラムの第1回では、人事制度導入の必要性と、中小企業特有の現状把握のポイントについて解説しました。属人的な評価や不透明な給与体系が放置されていると、社員のモチベーションや組織の活力が損なわれるリスクは高まります。そのため、まずは自社の人事課題を客観的に見つめ直すことが重要です。社員アンケートや賃金分析、ヒアリングを通じて浮かび上がった問題点を整理したら、経営方針や企業ビジョンを踏まえたうえで、どのように制度を構築していくかの基本方針を固めましょう。
次回(第2回)では、「キャリア制度の設計」について詳しく解説していきます。中小企業が抱えがちなキャリア開発の課題や、複線型キャリアコースの設計方法、多様な人材登用による組織活性化のヒントなどを具体的にお伝えします。自社の社員が将来にわたって成長し続け、企業全体を支えていく人事制度づくりの第一歩として、今回の現状把握と基本方針の設定を大切に進めてください。


投稿者プロフィール

- 中小企業の経営者に向けて、人事制度に関する役立つ記事を発信しています。
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