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製造業の人手不足は「辞める理由」から逆算する|転職者実態調査と労働経済動向調査で見直す中小工場の処遇設計
情報基準日:2026年10月1日時点(厚生労働省の公表資料は2026年9月30日までに確認できたものです)
はじめに
「求人を出しても応募が来ない」「せっかく入社した若手が、数年で辞めてしまう」。スタッフ100名以下の製造業では、こうした声が年々増えています。採用にかける費用や手間は限られているため、採用より前に「なぜ辞めるのか」を押さえておくことが大切です。
2026年9月、厚生労働省は「労働経済動向調査(令和8年8月)」と「令和7年転職者実態調査」の結果を公表しました。前者は企業が感じる人手不足の度合い、後者は転職した人が前の職場を辞めた理由と、今の職場を選んだ理由を示しています。
本記事では、この2つの統計を「辞める理由から処遇を逆算する」材料として読み解きます。金属加工や機械部品加工、電気・電子部品の組立てなど、工程や技能で人材を確保する中小製造業を想定し、賃金・評価・育成・受け入れの4点をどう見直せばよいかを整理します。
この記事の要点
- 2026年8月1日時点で、調査産業計の正社員等の労働者過不足判断D.I.は+47ポイントと、人手不足を感じる事業所が多い状態です(製造業単独の値は原典の表で確認してください)。
- 転職者調査では、前職の離職理由として「賃金が低かったから」「会社の将来に不安」「仕事内容に不満」がいずれも2割台半ばで上位に並びました。
- 賃金だけでなく、「将来の見通し」と「仕事内容・技能が活かせるか」を見せることが、定着の手がかりになります。
- 専任の人事担当がいない工場でも、賃金比較・スキルマップ・面談の3点から、段階的に着手できます。
辞める理由を処遇制度に落とし込んだ具体例は、評価シートのサンプルで確認できます。自社の等級や評価項目と見比べる材料としてご活用ください。
1.ニュース・統計の概要:人手不足の現状と、転職者が挙げた理由
結論から言うと、2つの統計は「人手不足は広く続いている」「辞める人は賃金・将来性・仕事内容を見ている」という点で重なります。
労働経済動向調査(令和8年8月)
厚生労働省が2026年9月29日に公表しました。全国の30人以上の常用労働者を雇用する民営事業所5,786件に調査し、3,175件から回答を得ています(有効回答率54.9%)。労働者過不足判断D.I.とは、「不足」と答えた事業所の割合から「過剰」と答えた事業所の割合を引いた値です。2026年8月1日現在、調査産業計では正社員等が+47ポイント、パートタイムが+26ポイントの不足超過でした。
令和7年転職者実態調査
同じく厚生労働省が2026年9月25日に公表しました。事業所調査は2025年9月16日〜10月17日、個人調査は同年10月17日〜12月19日に実施され、事業所9,154件、個人7,310人が回答しています。在籍する一般労働者に対する転職者の割合は6.4%でした。
前職の離職理由では、「賃金が低かったから」が25.5%、「会社の将来に不安を感じたから」が25.2%、「仕事の内容に不満があったから」が24.7%でした。今の勤め先を選んだ理由は、「仕事の内容・職種に満足できそうだから」が40.2%、「自分の技能や能力が活かせそうだから」が38.4%です。事業所側では、転職者の教育訓練を実施する事業所が82.6%、そのうち計画的なOJTが79.8%でした。
これらは全産業を対象とした数値です。製造業や、スタッフ100名以下の企業だけを切り出した数値ではありません。複数回答の集計方法や母数は、厚生労働省の原典の表で確認してください。自社の実態は、自社の退職者面談や在籍者の声で確かめることが前提です。
2.主な対象業種・工程・職種と、中小製造業への影響
この2つの統計が特に当てはまりやすいのは、技能や経験が採用の決め手になる工程です。具体的には、機械加工(旋盤・マシニング)、板金・溶接、プレス、組立て・検査、設備保全、生産管理、品質管理・品質保証といった職種が挙げられます。
一方、食品や化学のように、交替制勤務や衛生・化学物質管理が採用条件に強く影響する分野では、賃金や仕事内容に加えて勤務シフトも離職理由になり得ます。つまり、同じ「製造業」でも、見るべき項目は業種・生産形態で変わります。個別受注生産の工場は受注の波が賃金の安定感に響き、ライン生産の工場は単純作業への不満が出やすい、といった違いです。
影響は次のように整理できます。求人の面では、応募者は「賃金」だけでなく「何ができるようになるか」を見ています。定着の面では、入社後に昇給や役割の見通しが見えないと、「会社の将来」への不安につながります。採用の面では、辞める人が出るたびに教育のやり直しが生じ、熟練者の時間が奪われます。
3.経営・人事・製造現場で起こりやすい課題
中小製造業の現場では、次のような課題が重なりやすいと考えられます。いずれも、法令の要請というより、制度運用上の課題です。
- 賃金の見えにくさ:昇給の根拠が社長の判断に寄っており、社員から見ると「何をすれば上がるのか」が分かりません。
- 新人と既存社員の逆転:初任給や中途採用の水準を引き上げた結果、入社数年の社員との差が縮まり、既存社員の不満を招きます。
- 仕事内容の固定化:特定の機械や工程に長く張り付き、技能が広がる実感を持てません。
- 評価の偏り:生産数量や納期の結果だけが目立ち、安全行動・標準遵守・後輩指導などのプロセスが見過ごされます。
- 受け入れの属人化:新人の教育が「手の空いた人」任せで、OJTの質が担当者で大きく変わります。
なお、同じ仕事をしている正社員と有期雇用・パートの社員との間の待遇差は、パートタイム・有期雇用労働法で不合理な差が禁じられています。離職理由の対策として賃金を見直すときは、雇用形態間のバランスも併せて点検してください。
4.等級・評価・賃金・採用・育成への反映方法
辞める理由に対応する方法は、理由ごとに制度の「どこ」を直すかを決めることです。全部を一度に変える必要はありません。
賃金:近隣比較と「上がる根拠」を見せる
最初の一手は、近隣の同規模工場や、高卒初任給の水準と自社を比べることです。そのうえで、昇給が「等級」「評価」「技能の習得」のどれに連動するのかを社員に説明できる形にします。金額そのものより、「上がる理由」が見えていることが大切です。原資は、売上や限界利益、人件費、労働分配率から無理のない範囲を先に決めておきます。
等級・評価:技能習得と役割を結び付ける
「技能が活かせるか」に応えるには、等級とスキルマップを連動させます。例えば、段取り替えを単独でできる、異常を見つけて報告できる、後輩に標準作業を教えられる、といった段階を等級の要件にします。評価では、数量や不良率といった結果だけでなく、安全行動、標準の遵守、連携、改善提案などのプロセスも見ます。また、設備や材料、受注量など本人の力が及ばない要因まで個人の責任にしない設計が欠かせません。
育成・受け入れ:入社後3か月を仕組みにする
教育訓練を実施している事業所が多い一方で、その中身は工場ごとに大きく異なります。入社直後は、安全ルールと保護具、作業標準の確認を優先し、資格や特別教育が必要な作業は修了前に担当させないことを大前提にします。そのうえで、教える人と到達目標をあらかじめ決めておきます。
採用:伝える内容を「将来の見通し」に変える
求人票や面接では、初任給だけでなく、入社3年後・5年後にどの工程を任され、どう処遇が変わるかを示します。実際の制度と合っていることが前提で、誇張は禁物です。
賃金・等級・評価・教育を一体で見直す際の進め方は、製造業向けのご相談で整理できます。自社の状況に合わせた優先順位を知りたい方は、お気軽にご相談ください。
5.実務対応の手順
専任の人事部門がない工場でも、次の順番なら少人数で進められます。
- 現状の数字をそろえる:過去3年の退職者数、勤続年数、退職時の面談内容、求人への応募数を一覧にします。
- 理由を分類する:辞めた理由を「賃金」「将来の見通し」「仕事内容」「人間関係」「勤務条件」に仕分けします。記録がなければ、在籍者への短い面談から始めます。
- 賃金を比較する:近隣工場・同規模企業の水準と、自社の年齢別・等級別賃金を並べ、既存社員との逆転がないかを見ます。
- 工程と技能を棚卸しする:工程ごとに必要な技能を書き出し、スキルマップにします。教育の必要な作業と、資格・教育が前提の作業を区別します。
- 制度案を作り社員に説明する:等級要件、評価項目、昇給の考え方を案にして、班長・職長と意見交換します。
- 試行して見直す:半年から1年は試行期間とし、評価会議とフィードバック面談を実施したうえで修正します。
6.比較表・チェックリスト・計算例
離職理由ごとに、優先して見直す制度と、中小工場での着手のしやすさを表にまとめました。
| 離職理由(厚生労働省の調査結果) | 割合 | 主に見直す制度(提案) | 最初の一手 |
|---|---|---|---|
| 賃金が低かったから | 25.5% | 賃金制度・昇給ルール | 近隣の賃金比較と既存社員との逆転の確認 |
| 会社の将来に不安を感じたから | 25.2% | 等級・キャリアパス・賃金原資の説明 | 3年後・5年後の役割と処遇の図示 |
| 仕事の内容に不満があったから | 24.7% | スキルマップ・多能工化・配置 | 工程別の技能棚卸しと教育計画 |
次に、業種・生産形態による見るべき点の違いです。
| 区分 | 離職につながりやすい要因の例 | 優先して点検する項目 |
|---|---|---|
| 個別受注・多品種少量生産(金属加工・機械部品) | 受注の波による賃金・賞与の不安定感 | 賞与原資の考え方の説明、技能習得に連動した昇給 |
| ライン生産(電気・電子部品の組立て等) | 単調な作業、役割の広がりが見えにくい | 多能工化の段階、班長への登用基準 |
| 交替制・連続生産(食品・化学・プラスチック等) | 夜勤や交替の負担、勤務の読みにくさ | 勤務条件と手当の整合、休日・休暇の運用 |
自社点検チェックリスト
- □ 過去3年の退職者の理由を、記録から分類できる
- □ 近隣同規模工場・高卒初任給と、自社の賃金を比べた
- □ 昇給が何に連動するのか、社員に1分で説明できる
- □ 工程別のスキルマップがあり、更新されている
- □ 新人の最初の3か月の教育担当と到達目標が決まっている
- □ 評価に、安全行動や標準遵守、後輩指導の項目が入っている
- □ 本人が管理できない要因を、個人評価に含めない設計になっている
計算例(架空のモデルによる考え方の説明)
以下は、説明のために作った架空の数値です。実在の企業や統計を示すものではありません。
従業員40名の金属加工工場で、既存社員のうち入社5年目の月給が23万円、今年採用した新卒の月給が21万円だったとします。採用難を受けて来年の初任給を22.5万円に上げると、差は5年目との間で5,000円に縮まります。この場合、新卒だけを上げるのではなく、5年目前後の社員にも技能習得に応じた昇給をして差を保つ必要があります。仮に対象が10名で、1人あたり月3,000円の改定なら、月額で3万円、年額で36万円(賞与や社会保険料の増加分は別)の原資が要ります。この原資を、限界利益と労働分配率の範囲で支えられるかを、先に確認します。
人事コンサルタントからのアドバイス
最初に見ていただきたいのは、数字の裏付けです。過去3年の売上、限界利益、人件費、労働分配率、時間当たり生産性に加えて、品質・納期の実績、スキルマップ、勤怠の実態、そして社員の声です。賃金を上げる余力が分からないまま処遇を変えると、数年後に原資が足りなくなります。
優先順位は、まず「辞める理由の把握」、次に「既存社員との賃金バランスの確認」、最後に「新しい等級・評価の導入」の順をおすすめします。制度の見た目を整える前に、社員の納得感を損なう逆転や不公平を解消するほうが、効果が出やすいためです。
交替制や多職種が混在する現場では、直接部門と間接部門、技能職と事務職の間で評価の公平感が崩れやすくなります。職種ごとに評価項目を分け、評価者同士が基準をすり合わせる場を設けてください。また、安全と品質を犠牲にして数量を追う評価にならないよう注意が必要です。
賃金規程の変更、最低賃金との関係、助成金の活用は、社会保険労務士や都道府県労働局など専門家・行政機関への相談をおすすめします。自社だけで判断が難しいと感じた時点で、早めに声を掛けてください。
用語集
- 労働者過不足判断D.I.
- 事業所が労働者を「不足」と感じる割合から「過剰」と感じる割合を引いた値です。プラスが大きいほど人手不足を感じる事業所が多いことを示します。調査の対象や時点で値は変わるため、時系列で比べて読みます。
- 転職者実態調査
- 厚生労働省が実施する調査です。転職者の前職の離職理由や、今の職場を選んだ理由、事業所の転職者の受け入れ状況などを調べます。全産業を対象とするため、自社の業種に当てはめる際は注意が必要です。
- リテンション戦略
- 採用した人材を長く組織に定着させるための総合的な取り組みです。報酬、働く環境、成長の機会の3つの面から考えます。採用コストを抑える観点からも、中小企業で重視されています。
- ステイ・インタビュー
- 在籍している社員に、働き続ける理由や不満・不安を聞く個別面談です。退職時の面談と異なり、離職を未然に防ぐために使います。工場では、班長や工場長が本音を聞きやすい場づくりが重要です。
- オンボーディング
- 新しく入った人が早く職場に慣れ、力を発揮できるようにするための計画的な受け入れ・育成の取り組みです。工場では安全教育と標準作業の習得が中心になり、最初の数か月の計画が定着を左右します。
- 賃金制度
- 給与や賞与を決めるルールです。等級制度、評価制度とあわせて人事制度の3本柱の一つとされます。基本給の決め方や手当の設計が含まれ、等級・評価との連動が納得感を左右します。
- スキルマップ(インベントリ)
- 社内にどのスキル・知識・資格があるかを見える化する表です。製造業では工程ごとの習熟度を示す「力量表」などの形で使われます。教育計画や配置、昇給の根拠としても活用できます。
よくある質問(FAQ)
- Q1.まず何から手を付ければ、離職を減らせますか。
- 最初は、過去3年の退職理由を分類することです。記録が残っていなければ、在籍者への面談で構いません。理由が「賃金」「将来の見通し」「仕事内容」のどこに偏るかで、直す制度の優先順位が決まります。全国統計は参考にとどめ、自社の声で確かめてください。退職者が少ない場合は、入社3年以内の社員への面談も有効です。
- Q2.近隣工場との賃金比較は、どう調べればよいですか。
- ハローワークの求人票、都道府県の最低賃金、公的な賃金統計、商工会議所や取引金融機関の資料を併用します。地域や業種で水準が異なるため、全国平均をそのまま当てはめないでください。同じ工程・同じ年齢層の人を並べて比べると、判断しやすくなります。求人票の賃金は手当込みか基本給のみかも確認してください。
- Q3.賃上げの原資が足りない場合はどうしますか。
- 一律の賃上げは避け、技能習得や役割の拡大に連動した昇給に絞る方法があります。あわせて売上・限界利益・人件費を確認し、続けられる範囲を先に決めます。価格転嫁の交渉や補助金・助成金の活用は、要件が年度で変わるため、最新の公募要領や窓口で確認してください。補助金と雇用関係助成金は別の制度で、要件も異なります。
- Q4.新人を早く戦力にしたいので、最初から現場作業を任せてもよいですか。
- 資格や特別教育が必要な作業は、修了前に担当させてはいけません。入社直後は、安全ルール、保護具、作業標準の確認を優先します。そのうえで、教える人と到達目標を決め、段階的に任せる範囲を広げてください。指導者の負担も、評価や配置で考慮すると続けやすくなります。未経験者には特に、危険箇所と非常時の対応を最初に教えます。
- Q5.パート・有期雇用の社員の賃金も見直す必要がありますか。
- 必要に応じて見直します。パートタイム・有期雇用労働法は、同じ職場の正社員との間で不合理な待遇差を設けることを禁じています。職務の内容や責任の違いを整理し、待遇差の理由を説明できる状態にしておくと安心です。個別の判断は、社会保険労務士や弁護士に確認してください。正社員の賃金だけを上げて差が開く場合も、理由の整理が必要です。
出典・参考情報/留意事項
- 厚生労働省「労働経済動向調査(令和8(2026)年8月)の概況」(2026年9月29日公表)
- 厚生労働省「令和7年転職者実態調査の概況」(2026年9月25日公表)
- e-Gov法令検索(パートタイム・有期雇用労働法の条文確認)
留意事項:統計数値は厚生労働省の公表資料に基づきますが、全産業・全規模の値を含みます。数値の集計条件は原典でご確認ください。本文中の計算例は説明用の架空の数値です。法令・賃金規程・助成金の個別判断は、社会保険労務士、弁護士、管轄の労働局等へご確認ください。
まとめ
2026年8月時点の労働経済動向調査では、調査産業計の正社員等で人手不足を感じる事業所が多く、採用だけに頼る対策には限界があります。転職者実態調査では、前職を辞めた理由として「賃金」「会社の将来への不安」「仕事内容への不満」がそれぞれ2割台半ばで並び、今の職場を選ぶ理由には「仕事内容」と「技能が活かせること」が上位に挙がりました。中小製造業では、まず自社の退職理由でこれを確かめ、近隣との賃金比較と昇給の根拠の明確化、スキルマップに基づく等級・評価、入社後3か月の教育の仕組みを、段階的に整えることが定着への近道です。ただし、数字や制度を整えるだけでは社員の納得感は生まれません。説明と対話を重ねながら運用することが欠かせません。評価者となる班長・職長の理解と、評価会議での基準のすり合わせも重要です。HRCでは、製造業向けに賃金・評価・教育を一体で設計し、導入後の運用も支援しています。まずは評価シートのサンプルで自社の制度と見比べ、必要に応じて、製造業向けの無料相談もぜひご活用ください。ご相談は個別の状況に合わせて承ります。
まずは評価シートのサンプルで、等級・評価項目の具体例をご覧ください。自社に近い職種や工程の項目を見比べると、見直すべき点が見つけやすくなります。
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