広島県における新規学卒者の初任給推移と令和8年3月の最新動向に関する調査レポート
目次
はじめに
本レポートは、広島県内における新規学卒者の初任給の推移を客観的な数値データに基づいて詳細に把握し、昨今の採用市場の動向を可視化することを目的としています。特に、広島県内の中小企業経営者および人事担当者が、自社の新卒採用や賃金設計を検討する際の基礎資料として活用できる内容を意識しています。調査の基礎データとして、ハローワーク広島・広島東が公表した「令和5年度 新卒初任給情報(確定値)」、ならびに広島労働局職業安定部職業安定課が公表した「令和7年3月新規学卒者の初任給状況」、および「令和8年3月新規学卒者の初任給状況(速報版)」の計3つの公的統計資料を活用しています。
なお、各資料における「賃金(初任給)」の定義は一貫しており、毎月決まって支払われる各種の手当は含むものの、超過勤務手当(時間外手当)や賞与、その他臨時的に支払われる賃金は含まれない、税込みの「採用時賃金」を指しています。各データは、対象期間内に雇用保険被保険者資格取得届が提出された、常用の新規学卒者の賃金を算術平均したものです。そのため、自社の初任給と比較する際には、固定的に支払う手当を含めた採用時賃金として確認する必要があります。
第1章:初任給水準の全体推移とマクロ的視点(令和5年度・令和7年3月・令和8年3月)
令和5年度、令和7年3月、令和8年3月という3つの調査時点を比較すると、広島県の新規学卒者の初任給は、多くの産業・職業・企業規模区分で上昇していることが確認できます。一方で、一部の区分では低下や横ばいも見られるため、すべての学歴や区分が一律に上昇しているわけではありません。まず、令和5年度の広島県全体の平均(計)を基準点として確認すると、中学卒が187千円、高校卒が183千円、短大卒が194千円、大学卒が216千円でした。これらの水準は、広島県内の中小企業が自社の初任給を検討する際の出発点となる数値です。
| 学歴区分 | 採用時賃金の平均値(単位:千円) |
|---|---|
| 中学卒平均 | 187 |
| 高校卒平均 | 183 |
| 短大卒平均 | 194 |
| 大学卒平均 | 216 |
これに対し、令和7年3月および令和8年3月(速報版)の各産業別・職業別データを総覧すると、多くの区分で令和5年度の水準を上回り、初任給の引き上げが進んでいることが確認できます。ただし、産業や職業によっては単年度で低下している区分もあるため、全体傾向と個別動向を分けて見ることが必要です。この賃金上昇の背景には、全国的な物価高騰(インフレ)への対応はもちろんのこと、地方都市における深刻な若年層の労働力不足があります。各企業が人材獲得の重要な施策として初任給の引き上げを進めており、採用市場における競争の激化が賃金水準を押し上げる一因になっていると考えられます。広島県内の中小企業においても、従来の社内基準だけではなく、変化する地域相場を踏まえた判断が求められます。
第2章:産業別から見る初任給の動向と特徴
産業別の推移を詳細に分析すると、特定の業界が広島県の初任給水準の引き上げを強く牽引している実態が明らかになります。以下に、主要な産業における推移と考察を記載します。自社と同じ産業だけではなく、人材獲得で競合する周辺産業の水準も併せて確認することが重要です。
| 対象産業 | 学歴 | 令和5年度(確定値) | 令和7年3月(確定値) | 令和8年3月(速報版) |
|---|---|---|---|---|
| 建設業 | 大学卒 | 220千円 | 252千円 | 263千円 |
| 高校卒 | 187千円 | 209千円 | 222千円 | |
| 製造業 | 大学卒 | 216千円 | 237千円 | 242千円 |
| 高校卒 | 183千円 | 207千円 | 212千円 | |
| 情報通信業 | 大学卒 | 218千円 | 242千円 | 248千円 |
| 卸売・小売業 | 大学卒 | 214千円 | 235千円 | 247千円 |
| 宿泊・飲食業 | 大学卒 | 199千円 | 232千円 | 242千円 |
| 不動産業 | 大学卒 | 216千円 | 243千円 | 257千円 |
| 金融・保険業 | 大学卒 | 207千円 | 247千円 | 231千円 |
建設業の急激な上昇
全産業の中で最も顕著な伸びを示しているのが建設業です。令和5年度における大学卒の初任給は220千円でしたが、令和7年3月には252千円へと急上昇し、令和8年3月の速報版ではさらに263千円に到達しています。わずか数年で43千円ものベースアップが行われたことになります。これは、いわゆる「2024年問題」(建設業における時間外労働の上限規制適用)を見据え、若手人材の確保と業界全体の抜本的な待遇改善が急務となっている状況が数値に表れた結果です。高校卒においても、令和5年度の187千円から、令和7年3月は209千円、令和8年3月は222千円へと急伸しています。建設業の中小企業にとっては、大企業だけでなく地域内の同業他社との採用競争を見据えた初任給設定が必要です。
製造業の堅調な推移
広島県の基幹産業である製造業も、着実な賃上げを行っています。大学卒初任給は令和5年度の216千円から、令和7年3月に237千円、令和8年3月には242千円へと上昇しています。高校卒についても、令和5年度の183千円から、令和7年3月に207千円、令和8年3月には212千円へと推移しており、製造現場における若手確保への危機感がうかがえます。製造業の中小企業では、初任給の見直しとともに、技能習得、資格取得、昇給の仕組みを分かりやすく示すことも採用競争力の向上につながります。
情報通信業の高水準維持
高度な専門技術が求められる情報通信業は、全期間を通じて高水準を維持・拡大しています。大学卒初任給は令和5年度の218千円から、令和7年3月には242千円、令和8年3月には248千円へと順調に推移しています。ITエンジニア等の慢性的な人材不足が、賃金の押し上げ圧力となっています。情報通信分野の人材は業種を越えて採用競争が発生するため、DX人材を必要とする広島県内の中小企業にとっても無関係ではない動向です。
卸売・小売業および宿泊・飲食業の大幅改善
コロナ禍からの回復と人手不足が同時に進行しているサービス系産業でも、劇的な改善が見られます。卸売・小売業の大学卒は令和5年度の214千円から、令和8年3月には247千円へと33千円上昇しています。宿泊・飲食業においても、大学卒が令和5年度の199千円から、令和7年3月に232千円、令和8年3月に242千円へと急回復を遂げており、顧客接点を担う産業における人材獲得の熾烈さが表れています。これらの業界では勤務時間や休日などの条件も比較されやすいため、初任給と働き方を一体的に検討する必要があります。
不動産業の躍進と金融・保険業の動向
不動産業における大学卒初任給は、令和5年度の216千円から、令和7年3月に243千円、令和8年3月には257千円にまで跳ね上がっています。一方、金融・保険業の大学卒は、令和5年度の207千円から、令和7年3月には247千円と大きく伸びましたが、令和8年3月の速報版では231千円となっています。単年度の増減が見られる産業については、速報値だけで判断せず、複数年度の傾向と採用職種の違いを踏まえて自社の水準を検討することが重要です。
第3章:職業別(職種別)の初任給格差と推移
従事する職務内容(職業別)による初任給の傾向分析からも、注目すべき変化が確認できます。中小企業が初任給を設定する際には、産業平均だけではなく、実際に採用する職種の相場を確認することが必要です。
| 職業(職種)区分 | 学歴 | 令和5年度(確定値) | 令和7年3月(確定値) | 令和8年3月(速報版) |
|---|---|---|---|---|
| 事務的職業 | 大学卒 | 209千円 | 233千円 | 241千円 |
| 専門的・技術的職業 | 大学卒 | 221千円 | 243千円 | 245千円 |
| 販売の職業 | 大学卒 | 217千円 | 237千円 | 249千円 |
| サービスの職業 | 大学卒 | 208千円 | 229千円 | 236千円 |
| 生産工程・労務の職業 | 高校卒 | 183千円 | 206千円 | 212千円 |
事務的職業における底上げ
事務的職業の大学卒初任給は、令和5年度の時点では209千円であり、全体平均(216千円)を下回る水準でした。しかし、令和7年3月には233千円、令和8年3月には241千円へと大きく上昇しています。一般的に事務職は採用倍率が高く、賃金が上がりにくい傾向にありますが、全社的なベースアップの波及により、事務職においても初任給の底上げが進行しています。中小企業においても、事務職だから低い水準で採用できるという従来の認識を見直す必要があります。
専門的・技術的職業の堅調さ
専門的・技術的職業の大学卒は、令和5年度の221千円から、令和7年3月に243千円、令和8年3月には245千円へと着実に上昇を続けています。専門資格や技術力を必要とする職種では、初任給に加えて、資格手当や技能習得後の昇給水準を明確に示すことが人材確保において重要です。
販売およびサービスの職業の待遇改善
販売の職業における大学卒は、令和5年度の217千円から、令和7年3月に237千円、令和8年3月に249千円へと上昇しています。サービスの職業(大学卒)も同様に、令和5年度の208千円から、令和7年3月に229千円、令和8年3月には236千円へと引き上げられています。販売・サービス職では仕事内容や勤務条件が求職者に伝わりやすいため、賃金水準の差が応募先の選択に直接影響する可能性があります。
生産工程・労務の職業と高卒市場
現場を支える生産工程・労務の職業において主戦力となる「高校卒」に注目すると、令和5年度の183千円から、令和7年3月には206千円、令和8年3月では212千円へと上昇しています。高卒採用市場においても深刻な人手不足が発生しており、これまで20万円の壁を下回っていた高卒初任給が、令和7年3月以降は20万円台から21万円台へと移行している状況が浮き彫りとなっています。高卒採用を重視する広島県内の中小企業では、学校への求人提出前に初任給水準を改めて確認する必要があります。
第4章:企業規模別から読み解く採用競争力と格差
事業所規模別のデータからは、大企業と中小企業間の初任給ギャップと、地域の中小企業が採用競争力を維持するために行っている賃金面での対応が見て取れます。中小企業の経営者および人事担当者にとって、特に重要な比較視点です。
| 企業規模(区分定義) | 学歴 | 令和5年度 | 令和7年3月 | 令和8年3月(速報版) |
|---|---|---|---|---|
| 大企業規模 (※R5は500人以上、R7・R8は1000人以上) |
大学卒 | 215千円 | 240千円 | 249千円 |
| 高校卒 | 180千円 | 198千円 | 215千円 | |
| 中小企業規模 (従業員数 30〜99人) |
大学卒 | 213千円 | 231千円 | 238千円 |
| 高校卒 | 187千円 | 209千円 | 213千円 |
大企業の圧倒的な資本力による牽引
「1000人以上」の大規模事業所における大学卒初任給は、令和7年3月の240千円から、令和8年3月には249千円へと9千円引き上げられています。高校卒においても、令和7年3月の198千円から、令和8年3月には215千円へと17千円上昇しています。なお、令和5年度資料の企業規模区分は「500人以上」であり、「1000人以上」と同一区分ではありません。そのため、令和5年度の大学卒215千円、高校卒180千円を、令和7年3月および令和8年3月の「1000人以上」の数値と直接比較することはできません。大企業による初任給の引き上げは、広島県内の採用相場全体に影響を及ぼし、中小企業の採用条件にも見直しを迫る要因となっています。
中小企業への波及と格差拡大の兆し
一方で「30~99人」規模の事業所を見ると、大学卒初任給は令和5年度の213千円から、令和7年3月には231千円、令和8年3月には238千円へと上昇しています。「1000人以上」と比較できる令和7年3月以降に限ると、大学卒初任給の差は令和7年3月の9千円(1000人以上240千円、30~99人231千円)から、令和8年3月には11千円(1000人以上249千円、30~99人238千円)となり、1年間で2千円拡大しています。なお、令和5年度は大企業側の区分が「500人以上」であるため、この規模間格差の比較には含めていません。中堅規模(100~299人)においても令和8年3月の大学卒は246千円となっていますが、直近1年間では大企業と30~99人規模の差がわずかに拡大しており、今後の推移を継続して確認する必要があります。中小企業では、単純な金額競争だけではなく、昇給, 賞与, 休日, 教育, 働きやすさを含めた総合的な処遇の提示が重要です。
高校卒採用における中小企業の健闘
ただし、「30~99人」規模の高校卒においては、令和5年度187千円に対し、令和8年3月では213千円まで大きく引き上げられています。大企業(1000人以上)の令和8年3月の高校卒は215千円であり、高卒採用においては中小企業も大企業に劣らない水準まで賃金を引き上げ、地域内での人材確保に力を注いでいることが推察できます。高卒人材を継続的に採用するためには、採用時の初任給だけでなく、入社後の成長と処遇上昇の見通しを学校、生徒、保護者に分かりやすく示すことも必要です。
第5章:令和8年3月(速報版)から読み解く最新トレンド
令和8年3月の速報版データから読み解くべき最大のトレンドは、「特定の産業における大台の突破」と「初任給インフレの定着(ニューノーマル化)」です。この動向は、一部の大企業や特定業界だけの問題ではなく、広島県内で新卒採用を行う中小企業にも直接関係する変化です。
第一に、大学卒初任給において、建設業の263千円、不動産業の257千円など、これまで地方都市である広島県においては非常に稀であった「25万円~26万円超え」の領域へと突入する産業が複数現れたことです。これは、都市部における賃金水準に迫る勢いであり、地方から都市部への人材流出を食い止めるための強力な防衛策として機能していると考えられます。中小企業にとっても、若年人材が地域内企業だけでなく都市部企業と比較して就職先を選ぶことを前提に、採用条件を検討する必要があります。
第二に、令和7年3月に見られた初任給の引き上げが、令和8年3月の速報値でも多くの産業・職業・企業規模区分で継続している点です。一方で、金融・保険業や一部の職業・企業規模区分では低下も見られるため、すべての区分で一律に上昇が定着したと断定することはできません。ただし、広島県の採用市場では、従来より高い初任給水準が新たな相場として形成されつつある可能性があります。採用市場において「高い初任給」は、かつてのような企業ごとの特別なアピールポイントから、有能な人材を獲得するための「最低限の土俵に上がるための前提条件(衛生要因)」へと変化しつつあります。広島県内の中小企業では、初任給の引き上げが既存社員との賃金逆転や人件費総額に与える影響も試算し、賃金制度全体と連動させて見直すことが求められます。
総括
令和5年度、令和7年3月、令和8年3月という3つの調査時点について、広島労働局およびハローワークが公表した確定値・速報値データを多角的に比較分析した結果、広島県における新規学卒者の初任給は、多くの産業、職業および企業規模区分で上昇していることが客観的な数値によって示されています。一方で、一部の区分では低下や横ばいも確認されるため、全学歴、全産業、全企業規模にわたって一律に上昇していると断定することは適切ではありません。中小企業の経営者および人事担当者にとって、こうした全体傾向と個別の増減を正確に捉えることは、一時的な採用対策にとどまらず、中長期的な人件費政策を検討するうえで重要な経営課題です。
特に、「建設業」や「情報通信業」などでは大学卒・高校卒の初任給が大きく上昇しており、地域の採用相場を押し上げる動きが確認できます。また、事務的職業や30~99人規模の事業所においても、令和5年度と比較して初任給の上昇が見られます。ただし、産業や職業ごとの増減には違いがあるため、自社が属する業界の平均だけを見るのではなく、同じ人材を採用する可能性のある異業種の動向や、採用対象となる職種別の水準まで確認する必要があります。
今後、広島県内の企業が新卒採用を成功に導き、将来の中核を担う人材を確保するためには、過去の自社実績や単なる同業他社の平均値だけにとらわれることは極極めて危険です。多くの区分で切り上がっているリアルタイムの初任給相場、特に相場を牽引している業界や職種の動向を正確に把握し、経営層が主導して戦略的かつ柔軟な賃金設計や待遇改善を継続的に行うことが重要です。初任給の見直しに当たっては、既存社員の賃金との整合性、昇給・賞与を含めた将来の人件費、採用後の定着施策まで含めて総合的に検討することが必要です。
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