製造現場の「多能工化」が進まない理由は評価制度にある?協力体制を生む評価項目の具体例

目次

はじめに:なぜ、御社の現場は「隣が忙しくても」手伝わないのか

「あそこのライン、部品待ちで止まっているぞ。誰か手伝いに行けないのか?」
工場長の怒鳴り声が響いても、ベテラン社員たちは自分の手元から目を離そうとしません。
「俺の担当分は終わりましたから」「あっちの機械は触ったことがないので分かりません」

そんな言葉が返ってくるたび、経営者や管理職の方は歯痒い思いをされているのではないでしょうか。少子高齢化が進み、採用難易度が極限まで高まっている現在、中小製造業において「一人一役」の贅沢な人員配置は不可能です。誰かが休めばラインが止まるリスクを回避し、繁閑の波に柔軟に対応できる「多能工(マルチスキル)人材」の育成は、工場の生存戦略そのものと言えます。

それなのに、なぜ現場は動かないのでしょうか。「職人気質で頑固だから」「新しいことを覚えるのが面倒だから」。そうやって従業員の意識や性格のせいにしていませんか。
実は、彼らが動かない本当の原因は、会社が長年運用してきた「評価制度」そのものに潜んでいます。

本記事では、製造業専門の人事コンサルタントの視点から、現場の協力体制を阻む「見えない壁」を壊し、多能工化を劇的に進めるための評価制度設計について、具体的かつ実践的な手法を解説します。精神論で現場を鼓舞するのはもう終わりにしましょう。仕組みを変えれば、人は必ず動きます。

【コンサルタントの視点】多能工化が進まない「真犯人」は誰か?

「協力しろ」「多能工になれ」と口では言いながら、賞与の査定会議で社長や工場長が褒めるのは誰でしょうか。
結局のところ、「自分の担当工程を一番速くこなし、生産数を稼いだ人」ではありませんか。

コンサルタントとして多くの現場を見てきましたが、多能工化が進まない工場の9割は、この「言っていること(協力重視)」と「やっていること(個人成果主義)」の矛盾に陥っています。

従業員は非常に合理的です。
「隣の工程を手伝いに行っても、自分の作業ペースが落ちるだけで評価は上がらない」
「慣れない機械を触ってミスをしたら怒られる。自分の得意な作業だけしているのが一番安全で得だ」
彼らがこう考えるのは、わがままだからではありません。会社が用意したルール(評価制度)に忠実に従っているだけなのです。

多能工化を阻んでいる真犯人は、現場の作業員ではありません。部分最適を助長する「古い評価制度」を放置している経営サイドにあると認識することから、改革は始まります。

「自分の仕事だけ速い人」が高評価される制度の構造的欠陥

昭和の大量生産時代であれば、全員がそれぞれの持ち場に張り付き、ひたすら同じ作業を繰り返すスタイルが正解でした。しかし、多品種少量生産や短納期対応が求められる現代において、その評価基準は組織の足を引っ張る「毒」となります。

従来型評価シートが量産する「サイロ化」と「俺様職人」

多くの製造業で使われている評価シートには、以下のような項目が並んでいます。

  • 作業スピード:標準時間をクリアしているか。
  • 個人の出来高:目標生産数を達成したか。
  • ミスの少なさ:不良品を出していないか。

これらは全て「自分一人で完結する指標」です。この基準で満点を目指そうとすれば、当然ながら「自分の担当以外には一切関心を持たない」という行動が最適解になります。
結果として、隣のラインがトラブルで止まっていても、「俺には関係ない」「手伝うと自分のリズムが狂う」と見て見ぬふりをする「サイロ化(縦割り)」が進行します。
さらに厄介なのは、特定の工程に関しては誰よりも速い「俺様職人」が幅を利かせ始めることです。彼らは確かに手は速いですが、自分のやり方に固執し、他者を受け入れず、若手を育てることもしません。会社が彼らを「エース」として評価し続ける限り、組織全体の連携力は低下の一途をたどります。

全体最適を阻む「ボトルネック」の無視

生産管理の理論(TOC:制約条件の理論)において、工場の生産能力(スループット)を決めるのは、最も能力が高い人ではありません。「最も処理能力が低い工程(ボトルネック)」が全体のスピードを決定します。

例えば、A工程の人が1時間に100個作れても、次工程のB工程の人が50個しか処理できなければ、工場全体のアウトプットは50個です。A工程の人が頑張って120個作れば作るほど、B工程の前には仕掛品(在庫)の山ができ、キャッシュフローが悪化します。

多能工化の真の目的は、余裕のある人がボトルネック工程を支援し、ライン全体の「流れ」を良くすることにあります。
しかし、個人成果主義の評価制度では、「自分の担当(A工程)を早く終わらせて休憩している人」の方が、「B工程を手伝いに行って汗をかいている人」よりも高く評価されてしまう矛盾が生じます。これでは誰もボトルネックを助けようとはしません。

多能工化を加速させる「評価項目」の書き換えテクニック【Before/After】

現場の意識を変えるには、説教や飲み会は不要です。「何が評価されるのか」というゲームのルールを変えるだけで十分です。
「速さ」から「貢献」へ。「深さ」から「広さ」へ。評価軸を180度転換させる具体的な項目の書き換え方をご紹介します。

「個人の速さ」から「チームへの貢献」へ評価軸をシフトする

評価シート改定のポイントは、主語を「私(I)」から「私たち(We)」へ、あるいは「他者(Others)」へ広げることです。
「自分が何をしたか」だけでなく、「周囲にどのような影響を与えたか」を問う項目を新設します。

【具体例】そのまま使える!現場用評価項目サンプル

現場ですぐに導入できるよう、Before(改善前)とAfter(改善後)を対比させました。

✖ Before(改善前):個人のスピード偏重型

  • 作業能率:担当工程の作業を標準時間内で遂行し、目標数を達成している。
  • 品質管理:不良品の発生件数が規定以下である。
  • 規律性:遅刻・欠勤がなく、真面目に業務に取り組んでいる。

※この項目では、「自分のことだけやる人」が高得点を取ります。

◎ After(改善後):多能工化・全体最適重視型

  1. 多能工化(スキル幅)
    ・主担当のA工程に加え、B工程およびC工程の作業を標準時間内で遂行できる。
    ・急な欠員が出た際、即座に代理としてラインに入り稼働を維持できた。
  2. 全体最適(フォロー行動)
    ・自工程の手待ち時間に、遅れている工程やボトルネック工程の支援を自発的に行っている。
    ・前後の工程の負荷状況を把握し、ラインバランスを整えるための配置転換に応じている。
  3. 指導育成(継承)
    ・自分が担当できる作業をマニュアル化し、後輩や他部署のメンバーに指導して「できるようにさせた」
    ・新人が作業しやすいよう、カン・コツを言語化して伝えている。
  4. 段取り・連携
    ・次の工程や、次に出勤する交代番の人が作業しやすいよう、部品の補充や整理整頓を完璧に行っている。

※ポイントは、「できるようにさせた」「支援した」という他者への貢献を評価することです。

「教えても損しない」仕組みを作る指導評価

特に重要なのが「指導育成」の項目です。多能工化を進めるには、ベテランが若手に技術を教える必要がありますが、現場では「教えている時間は自分の作業が止まるため、損をする」と考えられがちです。

これを防ぐために、評価制度上だけでなく、日報や工数管理においても「教育訓練時間」を別枠で計上できるようにします。「今日は1時間教えました」という申告があれば、その時間は個人の生産ノルマから免除する。そうした運用の工夫とセットにすることで、初めてベテランは重い腰を上げます。

現場の抵抗をなくす「スキルマップ」と「多能工手当」の設計

評価項目の変更と同時に進めるべきなのが、スキルの可視化と金銭的なインセンティブ(報酬)の設計です。人間は「名誉」と「実利」の両方が揃った時に、最も強く動機づけられます。

可視化が競争を生む「スキルマップ(星取表)」の導入

工場の休憩所や掲示板に、誰がどの作業をできるかを一覧にした「スキルマップ(星取表)」を貼り出してください。これは多能工化の「神器」です。

マップを作成する際は、単に「できる/できない」の二択ではなく、以下の4段階レベルで評価・認定することを推奨します。

  • レベル1(見習い):指導者の下で作業ができる。
  • レベル2(独り立ち):標準時間内に一人で作業が完了できる。
  • レベル3(トラブル対応):異常発生時に対応でき、段取り替えもできる。
  • レベル4(指導者):他者に教えることができ、マニュアル改善もできる。

このマップを掲示することで、二つの効果が生まれます。
一つは、誰がどのレベルか一目瞭然になるため、「自分もレベルを上げたい」という健全な競争心が芽生えること。
もう一つは、「誰に聞けばいいか分かる」ようになり、現場のコミュニケーションが円滑になることです。

インセンティブで背中を押す「多能工手当」の相場と設計

「新しい仕事を覚えろと言うなら、給料も上げてくれ」。これは労働者として当然の要求です。
多能工化への努力に対し、明確な対価(多能工手当)を用意します。

【多能工手当の設計例】

認定基準:上記スキルマップで「レベル2(独り立ち)」以上と認定された工程数に応じて支給。

  • メイン工程(1つ目):基本給に含む
  • サブ工程(2つ目):月額 3,000円
  • サブ工程(3つ目):月額 +2,000円(計5,000円)
  • 以降:1工程追加ごとに月額 +1,000円
  • 全工程制覇(マイスター):月額 20,000円

金額の相場は企業規模によりますが、月額数千円〜数万円の範囲が一般的です。
「高い」と感じるかもしれませんが、欠員が出た時に派遣社員を雇うコストや、ライン停止による損失を考えれば、極めて費用対効果の高い投資です。
ポイントは、賞与だけの一時金ではなく、「毎月の手当」として支給することです。「スキルを維持していること」自体に価値があるため、固定給として報いるのが筋です。これにより、従業員は「新しい技術を習得することは、自分の生活を豊かにすることだ」と実感できます。

チーム評価(部門業績)を賞与に連動させる運用ルール

個人のスキルアップだけでなく、日々の「助け合い」を加速させるには、賞与の査定基準に「連帯責任」の要素をポジティブな形で組み込むのが有効です。

「隣のミスは自分のミス」と思わせる仕組み

従来の賞与査定が「個人評価100%」だったとすれば、それを「個人評価50% + チーム評価50%」に変更します。

  • 個人評価:スキルマップの習得数、勤務態度など。
  • チーム評価:所属するラインや課全体の「納期遵守率」「不良率」「稼働率」。

この仕組みを導入すると、現場の景色が変わります。
もしAさんが作業に遅れていたら、Bさんは自分の仕事が終わっても帰れません。チーム全体の目標が未達になれば、Bさんのボーナスも減ってしまうからです。
「Aさん、手伝うよ」「こっちの部品、先にやっとくね」
こうした声掛けが、上司の指示ではなく、現場のメンバー同士から自然と生まれるようになります。自分たちの財布を守るために、協力せざるを得ない環境を作るのです。

不良率・納期遵守率をチーム全員で追う

チーム評価の指標(KPI)は、全員が理解でき、日々の行動で変えられるものに設定します。
「売上」や「利益」は現場の実感と遠いため不向きです。

  • 直行率(不良が出ずに一発で合格した割合)
  • 納期遅延件数ゼロ
  • 多能工化率(チーム内の平均スキル保有数)

これらの数値を毎朝の朝礼で共有し、「今月はあと少しで目標達成だ、みんなで頑張ろう」と一体感を醸成します。

まとめ:多能工化は「生産性」と「働きやすさ」の両立である

多能工化の推進は、会社にとっては「生産性の向上」「リスク分散」ですが、従業員にとっても大きなメリットがあります。それは「休みやすくなること」です。
「この機械は私しか動かせない」という状況は、プライドを満たす反面、「熱が出ても休めない」「子供の行事に参加できない」という呪縛にもなります。
多能工化が進めば、お互いにカバーし合えるため、有給休暇が取りやすくなり、結果として離職率も低下します。

経営者は、この「Win-Winの関係」を制度として提示する必要があります。

  • 原因の特定:「個人の速さ」のみを評価する制度が、現場の協力を阻んでいる。
  • 評価の転換:「スキル幅(多能工)」と「フォロー行動(全体最適)」を評価項目に据える。
  • 可視化と対価:「スキルマップ」で競争を促し、「多能工手当」で努力に報いる。
  • 連帯意識:賞与に「チーム業績」を反映させ、助け合う必然性を作る。

あなたの会社が次に行うべきアクション

まずは、「現在の評価シート」と「現場の実態」の乖離チェックから始めてみてください。
「協力しろ」と言いながら「個人プレー」にお金を払っていませんか?
もしそうなら、次の改定で評価項目を一つだけでも「他者への支援」に書き換えてみてください。たった一行の変更が、現場の空気を劇的に変えるきっかけになるはずです。

ヒューマンリソースコンサルタントでは、貴社の製造現場の工程や課題に合わせて、以下の支援を行っています。

  • 具体的な評価項目の策定(コンピテンシー辞書の作成)
  • 多能工手当やチーム業績連動型賞与の設計

「今の評価シートを添削してほしい」「自社に合った多能工化の進め方を知りたい」という方は、ぜひお気軽にご相談ください。

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