はじめに:製造現場の「見えない壁」をどう壊すか
「現場の連中は残業代と交代手当で稼ぎまくっているのに、こっちはサービス残業だ」
「事務屋は冷暖房完備の部屋でお茶を飲んでいるくせに、俺たちに偉そうな口をきく」
製造業の経営者様や人事担当者様であれば、このような「現場(製造部門)」と「事務・技術部門(間接部門)」の間に横たわる、深くて暗い溝に悩まされた経験が一度はあるはずです。同じ会社、同じ敷地内で働いているにもかかわらず、まるで敵対する組織のように互いを批判し合う。この「社内分断」は、放置すれば組織のパフォーマンスを著しく低下させ、優秀な人材から順に去っていく原因となります。
ブルーカラーとホワイトカラー。勤務体系も、仕事の成果の見え方も全く異なる両者を、一つの人事制度という枠組みの中で公平に評価することは、容易ではありません。しかし、不可能ではありません。
本記事では、多くの製造業が陥る「部門間対立」のメカニズムを解き明かし、両者が納得する「公平感のある評価・賃金制度」の設計手法について、具体的な事例を交えながら解説します。感情論ではなく、ロジックと仕組みで組織を一つにする方法論をお伝えします。
【コンサルタントの視点】「全社共通の評価」で一体感を作る
多くの企業が間違いを犯すポイントは、現場と事務の対立を「それぞれの部門長」に任せて解決させようとすることです。しかし、部分最適では解決しません。必要なのは「全社共通の物差し(バリュー評価)」です。
コンサルタントとして推奨するのは、職種ごとに評価基準を分ける一方で、評価シートの2割程度を「全社共通項目」にすることです。
例えば、「他部門へのリスペクト」「後工程はお客様」といった行動指針を評価項目に入れ、ボーナス査定に直結させます。
「現場の悪口を言う事務職」は評価が下がり、「事務の苦労を理解しようとしない現場職」も評価が下がる。
このルールを明確にすることで、会社として「互いを尊重することが評価される文化」を強制的にでも作り出すのです。精神論で仲良くさせるのではなく、制度で行動を変容させるアプローチが、製造業には最も効果的です。
製造部門と管理部門、それぞれの不満のメカニズム
対立を解消するには、まず敵を知る必要があります。なぜ彼らは互いに不満を持つのか。その深層心理には、それぞれの職務特性に起因する「見えない苦労」と「隣の芝生の青さ」があります。
🔧 現場(製造部門)の言い分:肉体的負荷と「稼いでいる」自負
現場で働く社員の不満の根源は、「肉体的な過酷さ」と「直接利益を生んでいる自負」の2点です。
- 環境負荷への不満: 「夏は40度近い工場で立ちっぱなし、冬は凍える寒さ。油まみれで危険と隣り合わせ。それに比べて事務職は空調の効いた部屋で座り仕事。この環境差が給料に反映されていない」
- プロフィットセンターの自負: 「俺たちがモノを作らなきゃ売上は1円も立たない。事務はコストセンター(経費を使う部署)なのに、なぜ現場に対して管理しようとするのか」
- 時間の拘束: 「ライン稼働中はトイレに行くのも気を使う。定時で帰る事務職が、忙しい現場の横を談笑しながら通ると無神経だと感じる」
彼らは「汗をかいた量」こそが仕事の価値だと信じており、目に見える成果物(製品)がない事務職の仕事を軽視しがちです。
💻 事務・管理部門の言い分:精神的負荷と「給与格差」への嫉妬
一方、事務・技術職の不満は、「精神的なストレス」と「手当による逆転現象」にあります。
- 給与の逆転現象: 「大卒で入社し、難しい計算や企画をしているのに、高卒の現場職の方が残業代や夜勤手当で年収が高い(特に若手〜中堅層)。これではモチベーションが続かない」
- 調整業務のストレス: 「営業からの無茶な納期調整、資材の値上げ交渉、現場のミスによるクレーム対応。板挟みの精神的苦痛を現場は理解していない」
- 成果の見えにくさ: 「現場は生産数で評価されるが、事務はミスなくやって当たり前。加点されにくい評価制度への不満」
彼らは「頭脳労働の価値」や「調整能力」が正当に評価されていないと感じており、単純作業(に見える)現場職が高給を得ていることに理不尽さを感じています。
考え方:役割と成果の定義を変える「複線型人事制度」
公平性とは「全員を同じ物差しで測ること」ではありません。役割が違う以上、評価のアプローチ(物差し)を変える「複線型人事制度」の導入が不可欠です。
1. 現場職は「数値成果」と「技能」で評価する
製造現場の仕事は、比較的数値化しやすく、習熟度が生産性に直結します。
評価シートは、曖昧な項目を排除し、事実ベースで判定できる設計にします。
- 成果評価(定量的):
- 生産性: 時間あたり生産個数、ライン稼働率
- 品質: 不良率、手直し発生件数
- 安全: 無災害継続日数、ヒヤリハット提出件数
- 能力評価(技能マップ):
- 旋盤加工ができる、フォークリフト操作ができる、溶接の資格がある等、保有スキルを一覧化した「スキルマップ(星取表)」を作成し、クリアした項目数に応じて昇格・昇給させる。
「これができれば給料が上がる」という基準を明確にすることで、現場の納得感は高まります。
2. 事務職は「プロセス」と「支援貢献」で評価する
数値化しにくい間接部門の評価は、質的な貢献度を言語化する必要があります。
ここで重要なのが、「現場への貢献」を評価項目に組み込むことです。
- プロセス評価(定性的):
- 業務改善: 従来の手順を見直し、コスト削減や時間短縮を実現したか。
- 企画提案: 新しいシステムの導入や、社内ルールの整備を主導したか。
- 支援貢献(サービスレベル):
- 現場サポート: 現場からの問い合わせに対するレスポンスの早さ、現場の負担を減らすための配慮。
- 他部門連携: 営業や製造との調整を円滑に行い、全体最適に寄与したか。
「事務職のお客様は『現場』である」と定義し、現場から「ありがとう」と言われる行動を評価することで、現場側からの不満(事務は現場を知らない)を緩和できます。
「現場手当」「交代勤務手当」の適正相場と意味付け
給与格差の主因となり、事務職の不満の種となっている各種手当。これを「既得権益」にするのではなく、論理的な「対価」として再定義し、説明する必要があります。
環境負荷に対する「代償」としての手当
事務職に対して説明すべきは、「手当は楽して貰っているわけではない」という事実です。
現場手当や交代手当は、労働安全衛生法上の有害業務や、深夜労働による健康リスク、生活リズムの乱れに対する「損害賠償」的な意味合いを持つ賃金です。
「あなたがもし、真夏に40度の工場でマスクをして8時間立ち仕事をするなら、同じ手当がつきます。やりますか?」という問いかけに対し、Noであれば、その手当は正当な対価となります。
手当設計のポイント:属人化させない
納得感を高めるための手当設計の鉄則は、「人につけず、仕事につける」ことです。
- NGな手当: 「職務手当」として、現場配属になった時点で一律支給し、現場を離れても既得権益として残る。
- OKな手当: 「作業環境手当」として、特定のラインに入った時間や日数に応じて支給する。「交代勤務手当」として、夜勤に入った回数×単価で支給する。
「大変な環境で働いた事実」に対してのみ支払う変動給にすることで、事務職も「それなら仕方ない」と納得しやすくなります。
適正相場のベンチマーク
地域や業界の相場とかけ離れた高額な手当は、是正が必要です。
例えば、交代手当の相場が1回3,000円の地域で、1回8,000円出していれば、それは給与バランスを崩す要因になります。
「近隣の製造業A社は〇〇円、B社は〇〇円」という市場調査データを基に、高すぎる場合は基本給へ組み込んで調整するなど、手当単価の適正化を図ります。
【コンサルタントの視点】部門の壁を壊す「クロス評価」と「多能工化」
制度設計に加え、運用面での仕掛けも重要です。部門間の相互理解を深めるための具体的な施策をご紹介します。
事務職の現場研修を「義務化」する
新入社員研修だけでなく、中堅社員になっても定期的に「現場実習」を行う制度を導入します。
年に数日でも、実際にラインに入り、作業着を着て汗を流す経験をさせることで、事務職は現場の苦労を肌で感じます。現場側も「事務の人が手伝いに来てくれた」という事実に対し、好感を持ちます。
これを人事評価の必須要件(昇格要件)にすることで、形骸化を防ぎます。
お互いを評価し合う「社内アンケート」
半期に一度、他部門に対する満足度調査(360度評価の簡易版)を実施します。
- 現場→事務:「備品発注の対応は早かったか?」「現場の要望を聞いてくれたか?」
- 事務→現場:「提出書類の期限は守られたか?」「挨拶やマナーは守られているか?」
この結果を賞与の「部門評価」に反映させます。「相手に協力しないと自分たちのボーナスが下がる」という仕組みを作ることで、セクショナリズム(縄張り意識)を打破します。
部門間の壁を壊す、全体最適な制度設計を
「現場 vs 事務」の対立構造は、放っておけば自然と生まれてしまう組織の病理です。しかし、それは個人の性格が悪いからではなく、互いの仕事を理解し、尊重し合うための「仕組み」が欠如しているからに他なりません。
人事担当者の役割は、どちらかの味方をすることではありません。両者が同じ方向(会社の利益・顧客満足)を向いて走れるよう、コース(制度)を整備することです。
- 不満の可視化: 現場の「肉体的負荷」と事務の「精神的負荷・給与逆転」という、双方の言い分を認める。
- 複線型評価: 現場は「数値と技能」、事務は「プロセスと貢献」で評価軸を分ける。
- 手当のロジック: 各種手当は「環境負荷への対価」であることを明確にし、属人給ではなく実績給にする。
- 共通の価値観: 全社共通の「バリュー評価」や「相互評価」を導入し、協力行動を評価する。
あなたの会社が次に行うべきアクション
まずは、「現場職と事務職のモデル年収比較表」を作成してみてください。
入社5年目、10年目、20年目の時点で、残業代や手当を含めた総支給額にどれくらいの差があるか。もし事務職が著しく低い、あるいは現場職の手当が相場より異常に高いなどの歪みがあれば、そこが不満の震源地です。
現状の数値を直視することが、公平な制度設計への第一歩となります。
もし自社だけで判断が難しい場合は、製造業専門の人事コンサルタントによる「賃金診断」を活用するのも有効な手段です。組織の分断が深刻化する前に、手を打ちましょう。
ヒューマンリソースコンサルタントでは、製造業特有の組織構造を熟知したコンサルタントが、以下の支援を行っています。
- 部門間の給与バランス診断
- 間接部門(事務・技術)の適正な評価シート作成
- 手当の見直しと社員への説明会サポート
「社内の雰囲気がギスギスしている」「制度を見直して組織を一つにしたい」とお考えの方は、ぜひ一度ご相談ください。




